団地でひとり暮らしをしている90歳手前の高齢女性を扱った本が、異なる出版社からほぼ同時期に出版された。本の装丁も、その内容もそっくりである。
『89歳、ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた』と『87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし』。
日常の何気ない風景をプロのカメラマンが撮影したクオリティのカラー写真とともに、エッセイ風の文章が綴られる。いずれも無名の、ごく普通のお婆ちゃんなのに、まるでアイドルのエッセイ本のような作りである。
文章量もそれほど多くなく、サラッと読めるというのもアイドル本と同じだが、活字が大きく、老眼対応もしているというのが唯一、アイドル本と一線を画す要素だろうか。
偶然なのか、それとも申し合わせたものなのか、と勘ぐりたくなるほど両書は見た目の共通点が多いのだが、この2冊を通しで読んでみると微妙な差異があって、そこに興味深いテーマが浮かんでくる。
結論として、この2冊が共通に語っているのは、「高齢女性の団地でのひとり暮らしは幸せ」ということだが、本当に、そうなんだろうか。
「高齢者の独居問題」について、この2冊の本を通読して考えたことをまとめてみよう。
いきなり余談だが、ライターの私(内藤)にとって、書籍やネット記事などの資料をもとにして記事を書くというのは通常業務である。
「ブッダの生涯について解説してください」とか、「新型コロナウィルスについて書いてください」といった編集者たちの注文に毎回、「ヘイ、わかりやした!」と応えられるのは、自分が仏教や感染症学について専門的な知識を持っているからではなく、資料を読めば何とかなると思っているからだ。
もちろん、記事を書くにあたって、どの資料を選ぶかということは極めて重要で、これを間違うと、何冊読んでも記事のイメージが湧かずに資料の山にうずもれることになる。そうならないために気をつけているのは、選ぶ資料に幅をつけること。
例えば、仏教についての本なら、第一人者と言われる研究者の本を読み、その次には現役の僧侶が書いた本を読む。それでも足りなければ、一次資料であるお経の書き下し文を読んでみる。
新型コロナウィルだったら、専門機関につとめる研究者が書いた最新刊を読んだあとに、コロナ渦がやってくる前に書かれた感染症についての解説本を読む。
これがうまくいけば、3~4冊、あるいは2冊の資料を読んだだけで記事を書ける知識を得られるという寸法だ。
そういう観点から言えば、今回の2冊はあまりに似かよっていて、「ホントにこの2冊でよかったのか?」と不安になってしまう。
本の見た目だけでなく、両書に登場する主人公には、これだけの共通点がある。
だが、2冊を読み終えた今、当初の不安は完全に払拭された。確かに両書には共通点が多いが、実際に読んでみると微妙な差異があって、それなりに楽しめるのである。

まずは(1)の「ネットを通じて多くのフォロワーを獲得」についての差異について、見てみよう。
87歳の美智子さんがYouTuberになったのは、2020年のこと。当時、中学生だった孫に教わり、インテリアに関する動画を見ることを覚えたそうだが、「自分でもやってみたらおもしろそう」と思い立って孫の協力のもと、「Earthおばあちゃんねる」を開設。
すると、わずか数カ月でチャンネル登録者が6万人に達し、お部屋紹介の動画は160万回再生されたという(2022年11月現在での登録者は14.9万人。動画は237万再生)。
89歳の博子さんがTwitterを始めたのは、2011年のこと。国際結婚をしてロンドンに住んでいる一人娘の「おもしろいから」との薦めでアカウントを取得。最初は何をつぶやいても反響がなく、「なんだ、こんなもの」と思ったそうだ。
そこへ、東日本大震災が起きた。電話がつながらず、娘さんに安否を伝えられずに慌てたというが、Twitterとスカイプだけはつながって、連絡をとることができたという。以来、原発事故に対する不安や憤りなどをツイートするうち、フォロワーがいっきに増えたという。また、同じ年の終戦記念日には戦争体験者として、戦争に関するツイートをしたこともフォロワー数アップにつながった。2022年11月現在でフォロワー数は19.6万人に達している。
美智子さんはスマホが苦手で、固定電話しか利用していないそうだが、7~8年前からiPadを愛用し、父子家庭の次男親子と「リモート夕食」をするのが日課だという。
一方、博子さんは銀座のアップルストアのパソコン講座に3年通い、パソコン操作はお手のもの。今ではパソコンよりもiPhoneを使うことが多いという。
「便利な電子機器は若い人のものだと思っていましたが、高齢者にも役立つことがわかりました。生活が、便利で豊かになりました」とは美智子さんの感想。高齢者がひとり暮らしを楽しむには、ITリテラシーを持てるかどうかが大きく関与しているらしいことがこの言葉からうかがわれる。
続いて(2)の「団地でひとり暮らし」の差異について。
美智子さんが今の団地に住み始めたのは、1967年。夫の勤める会社が戦後のドサクサから2度も倒産し、故郷の長崎から福岡、そして神奈川と移ってきたという。
夫には連れ子の娘がおり、自身もふたりの息子を持ったが、3DKに親子5人暮らしのときはさすがに手狭だったとか。だが、「借金はしないし、財産も持たない。お金をかけるなら、子どもたちの教育にかけたい」と賃貸暮らしを貫いてきた。やがて子どもたちがひとり立ちし、7年前に夫を亡くしてからのひとり暮らしが続いている。
博子さんは、娘さんが生まれて間もなく離婚をし、シングルマザーとして港区の都営住宅団地に入居。その娘さんが24歳のときにロンドンへ留学し、ロンドンの会社への就職を経てイギリス人男性と結婚したため、ひとり暮らし歴は長い。
今の団地に越してきたのは、建物が老朽化したのと、70代で胃がんの手術をしたため、健康のためにと大きな公園の近くにある現在の2DKの団地に移ったのだという。
「食費が3~4万円、それからカードの引き落としがやっぱり3~4万円程度あって、光熱費のほか通信費が8000円前後。そのほか細かい出費があって、家賃を含めてだいたい10万円ちょっとになります。それをなんとか年金でやりくりしています」と、家計の内情まで明かしてくれている博子さん。
美智子さんと博子さん、ふたりが口を揃えて語っているのは、人との距離を保てるというのが「団地でのひとり暮らし」のメリットだということ。美智子さんはラジオ体操にコーラス、博子さんは太極拳に麻雀など、習い事や趣味の集まりに参加しているが、どこでも最年長のため、人付き合いは「広く浅く」がモットーのようだ。子どもとの付きあいも同様で、「距離が離れているからこそ、かえってうまくいっている」ようだ。
最後に(3)の「90歳手前の高齢女性」という差異について。
夫の葬儀22万円の家族葬で済ませたという美智子さんは、自分の葬儀もお金をかけずに家族だけでひっそりと見送ってほしいと願っている。お墓もいらず、海にでも散骨してほしいと子どもたちに伝えたところ、「お墓がないと、きょうだいの縁が薄れる」と言う長男に、海の見える山の上の霊園を選んでもらったという。
ひとり暮らしになった当初は、お金を節約し、貯金に手をつけずに年金だけで暮らすことを心がけていたというが、80代なかばを過ぎてからは「お金を使わなきゃ」と思うようになったという。「あの世にお金を持っていくことはできません。きっちり使って死にたい。生きているうちに、もっと楽しまねば」と、子どもたちが訪ねてきた日はデパートに出掛けておいしい食材を仕入れにいくとか。
博子さんのほうは、12~13年前に団地内の写真好きの人に遺影を撮影してもらったのをきっかけに「終活」を始めている。
持ち家ではないので遺産は貯金のみだが、ロンドンに住む娘の手をわずらわせないように必要書類を取り寄せた。なんでも、博子さんのように離婚歴があり、何度も引っ越ししたことがあると、必要書類がたくさんになってしまうのだとか。
「終活って結局は、子どもに迷惑をかけたくないという気持ち、ただそれだけではないでしょうか」という彼女の言葉には、大いにうなづけるものがある。
そんな博子さんも、自分がもし孤独死したら…ということでくよくよ考えていたことがあったそうだが、今では「死んじゃったら死んじゃったで、きっと誰かがどうにかしてくれるわよ」と開きなおっている。確かにこれも、おっしゃる通り。
とはいえ、娘さんが遠く離れた地にいるため、団地の部屋の両隣に住んでいる3人に合い鍵を渡し、自分に何かあったときにLINEで娘に連絡してくれるよう、頼んであるという。
好きなときに好きなものを食べ、好きな時間に好きなことをして、眠くなったときに寝る。それが「ひとり暮らし」の醍醐味だ。
私(内藤)自身、結婚して子どもを3人育ててきた20数年前の間に、そのことをすっかり忘れていたが、彼女たちのおかげでそのことを思い出せた気がする。
それと同時に、父が死んでから27年間、実家でひとり暮らしをしている85歳の母に「一緒に住もう」と持ちかけたところ、なんだかうやむやにされて断られてしまったことも思い出した。
「年をとって、子どもの家に入る」というのは高齢者にとって、そう簡単にできる選択ではないのだろう。住み慣れた家、気心の知れた周辺住人と離れて暮らすのは、大きなストレスにつながる。まして、起床も食事も就寝時間も施設の都合で決められてしまう暮らしなど、もってのほか、と考えるのが普通なのかもしれない。
というわけで、「高齢者のひとり暮らしは、どうやら楽しいものらしい」という結論に、大いにうなづいて本のページを閉じた。
できればこの男性バージョンを読んでみたい気もするが、果たして彼女たちのようにひとり暮らしを楽しんでいる高齢男性はいるものだろうか。どうなんだろう?
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