認知症の症状のひとつである行動・心理症状(BPSD)。この行動・心理症状(BPSD)とは具体的にはどのような症状なのでしょうか。またこの行動・心理症状(BPSD)のそれぞれの対応策や注意するべきポイントについて解説します。
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「行動・心理症状(BPSD)」とは、認知症において“周辺症状”と呼ばれる症状を指します。そもそも認知症には、「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」の2種類の症状があります。
「中核症状」は脳の障害によって引き起こされる直接的な症状で、過去に体験した出来事を忘れる“記憶障害”や、日付や人物がわからなくなる“見当識障害”などが当てはまります。
一方で「行動・心理症状(BPSD)」(以下、BPSD)は、中核障害と本人の身体や心理的状態、環境などが相互作用して引き起こされる二時的な症状のことです。うつ状態や妄想がひどくなる“精神症状”と、「怒りっぽくなる」「徘徊する」などの“行動症状”の大きく2つがあります。
BPSDは、中核障害と身体要因・心理要因・環境要因が相互作用することで発生するので、症状には個人差があります。
同じ中核障害であっても、本人がどれだけ動けるか、心理的にどのような状態か、どんな環境で暮らしているかで症状が大きく変わってくるのです。
また、介護者の心的・身体的疲労につながりやすいのもBPSDの大きな特徴。「怒りっぽくなって暴言を浴びせられる」「徘徊する度に外に探し回る」「トイレの失敗の後処理」など、介護者への負担が大きくなる傾向にあります。
介護者への負担が大きくなればなるほど、適切なケアが難しくなり、BPSDがさらに悪化するという悪循環につながることもあります。
逆を言えば、BPSDが現れたときに「なぜこの症状が出ているのか?」と症状の状態と原因を理解した上で、適切なケアをおこなうことができれば、症状を緩和させることが期待できるのです。
BPSDでは、主に以下のような症状があらわれます。
以下でそれぞれの原因を探るとともに、実際に症状としてあらわれた際の対応に関して見ていきましょう。
感情のコントロールを司る脳の前頭葉がダメージを受けたり萎縮することで、感情の自制が難しくなります。その結果、些細なことで興奮する・怒りっぽくなる、家族や介護者に対して暴言を吐く、暴力を振るう、というBPSDにつながります。
暴言・暴力といったマイナスの言動は、中核障害に対する不安や恐れなどの気持ちが強くなったときや、自分の尊厳を傷つけられたと感じたときに、症状がより強く出る傾向にあります。
認知症に介護はつきものですが、本人が介護を拒んだり(介護拒否)、薬を飲むのを嫌がる(服薬拒否)のは珍しいことではありません。
介護されなければいけない情けなさや申し訳なさ、自分の好みやタイミングとは違った方法の介護への不満、体の不調をうまく伝えられないもどかしさなど、心理的な要因が大きく影響しています。
拒否している状態で強引に介護してしまうと、介護が不快なものとして記憶されてしまい、さらなる介護拒否につながることもあります。
徘徊は事故や事件に巻き込まれる恐れがあるため、介護者にとって特に心配な症状です。
場所の見当識障害が進むにつれて徘徊症状が現れるようになり、外出先で道に迷うほか、見慣れているはずの自宅や施設などを知らない場所と感じて外に出てしまう場合もあります。
また、引っ越しなどによる環境変化のストレスや、今いる場所に安心感を抱けないなども徘徊の原因になります。
妄想とは、現実にはあり得ないようなことをほかの人が訂正できないほどに思い込む症状で、認知症初期からしばしばみられます。これらの妄想は、認知症による不安や焦りが要因となるようです。
代表的な症状に、周囲の人にものやお金を盗まれたと主張する「もの盗られ妄想」や、いじめられたと主張する「被害妄想」、配偶者が浮気しているといった「嫉妬妄想」などがあります。
中核症状によって出来ないことが増えたり、介護中に自尊心を傷つけられたと感じるなど、日常生活での出来事が原因で、気分が落ち込む、不安感が強くなる、抑うつ状態に陥るといったBPSDが起こることがあります。
抑うつ状態というと、一般的には悲観的な気持ちになるイメージが強いですが、認知症の抑うつ状態ではあらゆることに“無関心”な状態になる傾向が強いです。
無気力(アパシー)とは、自分から何かをしたいという自発性や意欲が著しく低下した状態のこと。名前のとおり、無気力で何に対してもやる気が起きない状態を指します。
例えば、歯磨きや着替え、入浴など普段の生活で何気なくおこなっていることを面倒くさがるようになる、外出が減って家にこもりがちになる、といったケースとして現れます。
暴力や徘徊などの目に見える症状とは違って、介護をしていても変化に気づきにくいので、進行を見逃しやすいBPSDでもあります。
認知症のBPSDのひとつに、「卑猥なことを口にする」「他人に身体を触る」「性的行為を要求する」などの性的異常行動があります。
性的異常行動は、身体的な欲求が原因ではなく、認知症による不安感を拭うためであったり、必要とされたい・愛されたいといった心理的な欲求が原因と考えられます。
BPSDにおける幻覚とは、実際には存在しないものをまるで存在するかのように感じる症状のこと。本人は現実と感じるので、周囲からの理解が得にくい症状です。
ひと口に幻覚と言っても、見えないもが見える“幻視”、聞こえないものが聞こえる“幻聴”、体に虫がついている・不調がないのに体が痛いと感じる“体感幻覚”など、さまざまな種類があります。
中でも幻視はレビー小体型認知症、幻聴はアルツハイマー型認知症に多くみられます。
帰宅願望とは、特定の土地や家に帰りたいと強く主張すること、また実際に帰ろうとする行動をとるBPSDです。
現状の環境に慣れていない、居心地が悪い、自分の役割がないなど、不安な状態から離れたいという心理的ストレスが原因で、住み慣れた家や家族のもとに帰りたいという願望につながります。
帰宅願望自体は、至って普通の願望です。しかし帰宅願望が強くなると、“徘徊”や夕方に多く発症する“夕暮れ症候群”など、介護者への負担が大きくなることがあります。
せん妄とは、妄想、興奮、幻覚、失見当識、(現在の日付や時間、自分がどこにいるかなどの状況を把握できていない状態)など、意識障害を起こしている状態のこと。せん妄が夕方から夜間にかけて起こることを“夜間せん妄”と呼びます。
便器の中に手を入れたり、トイレ以外の場所で失禁してしまうのは“不潔行為”と呼ばれるBPSD。その中でも、自分の排泄物を手で触ったり、衣服や壁にすりつけてしまう弄便は、介護者への負担が大きい症状です。
弄便の多くは、排泄物をしたことによる違和感やオムツの不快感が原因と考えられています。
オムツが不快だから中の排泄物を取りのぞこうとして手に便がついてしまう、手についた便をどうしたら良いかわからなくて服や壁にすりつける。本人にその気はなくても結果として弄便になってしまうことが多いようです。
認知症が進行すると、トイレの場所がわからなくなったり、尿意や便意自体を認識できずに、トイレ以外の場所で失禁や排泄してしまうことがあります。
また、トイレの失敗は介護者にとって精神的・肉体的に負担の大きい症状です。そのため、介護者が思わず本人にきつく当たってしまうこともありますが、自尊心を傷つけられたことで汚れた下着を隠すなど、違ったトラブルに発展することもあります。
食べ物ではないものを食べようとする“異食”は、認知症でよく見られるBPSDです。中核障害によって食べ物とそうでない食べ物の区別がつきにくくなったり、脳機能の低下で満腹度が得にくくなると異食がさらに進行します。
認知症の人が食事をとらないのにはいくつかの原因が考えられます。
まず1つ目は、食べ物を食べ物と認識できていない場合です。認知機能が低下して目の前にあるものが何かわからなくなる“失認”の影響で、食べ物を前にしても食べ物と認識することができません。
2つ目は、食べ方がわからない場合。認知機能が低下して、箸の使い方がわからない、どこから食べていいかわからないなどは、“失行”症状の影響です。
3つ目は嚥下機能の低下や、歯の痛みなど身体的トラブルがある場合。食べ物を飲みこむのが難しくなったり、入れ歯の違和感や歯の痛みなど、食事そのものに対する拒否感が原因です。
ほかにも、落ち着いて食事ができない環境や、意欲が著しく低下する“無気力(アパシー)”の影響など、認知症の進行度や環境によって、原因は異なります。
現在の医学では、認知症を完治することは不可能です。認知症の治療は病気の進行を遅らせて、少しでも症状をやわらげることを目的としています。
認知症の治療は薬を使っておこなう薬物療法と、薬を使わない非薬物療法があります。それぞれの内容を見ていきましょう。
BPSDの処方薬は睡眠導入剤や向精神薬、抗不安薬といった精神を安定させるものが中心です。ただし、これらの薬は副作用があったり、その人に適合しないと症状を悪化させてしまうケースもあるので注意が必要です。
非薬物療法は薬を使わずにおこなわれる認知症の治療法です。
その人が好きだった音楽を聞かせたり(音楽療法)、昔の思い出話を話したりすることで脳を活性化させたり(回想法)。脳にほど良い刺激を与え続けることで認知症の進行を遅らせることができます。
身体を動かすことも、脳に良い刺激を与えることがわかっています。適度な距離の散歩や体操、ストレッチも非薬物療法のひとつです。
認知症はすべてが同時にわからなくなるわけではありません。認知症の進行具合にもよりますが、自分がどこいるか、目の前のものが何なのかがわからなくなっても、わからないことへの恐怖や、今までできていたことができなくなったことの不安は、認知症を発症した本人が最も強く感じています。
そんな感情を持ちながら介護を受けると、「家族の手を煩わせるのは申し訳ない」「自分は何の役にも立てない」というさらなる不安や恐怖につながり、BPSDを助長させることになります。
同じ状況ならどう感じるか、どんな気持ちになるか、認知症を発症した本人の気持ちに寄り添ってコミュニケーションをとってみましょう。
普段接するときはもちろん、介護をする・される上で信頼関係を築くことは重要ですが、そう簡単に築けるものではありません。
特に家族の場合だと、失敗したときにそれまでと同じように叱責してしまうこともありますが、認知症を発症しても羞恥心やプライドは残っています。怒られたり無視されることでストレスが溜まり、BPSDが悪化することもあります。
失敗しても否定したり叱ったりせず、不安になるような話し方や行動は極力避けましょう。その上で、本人が心からくつろげる環境を整えたり、喜びや安心につながるコミュニケーションをとるなど、焦らずゆっくり信頼関係を築きましょう。
認知症を発症すると、中核障害の影響でさまざまなことが出来なくなったり、動作が遅くなったりします。行動が遅いと「私がやった方が早い」と手を出してしまいがちですが、本人にも自尊心やプライドがあります。
自分でできることは自分でやってもらう、本人のやる気や動作に合わせて行動するなど、なるべく本人のペースに合わせましょう。
また、認知症の症状によっては出来事自体を忘れてしまうことがあります。そんなときは問い詰めたり、無理に思いださせる必要はありません。深く追求せずに話を合わせるのも大切です。
認知症にとって環境の変化は、BPSDを悪化させる大きな要因です。
認知症を発症した方は環境の変化に非常に敏感なので、周囲に何らかの変化があると、それだけで大きなストレスを感じます。そして、ストレスや不安といったマイナスの感情は、BPSDを悪化させる原因のひとつです。
そのため、習慣や日課の変更、部屋の模様替えなどはできるだけ避けましょう。引っ越しや入居などでやむを得ず環境が変わる場合は、使い慣れた小物や家具を使って安心できる環境を整えてあげるのが大切です。
認知症は完治することがなく、長期戦のリスクも高い症状。同時に介護者にとっては、非常に負担が大きく、ストレスがたまりやすい症状でもあります。認知症介護にめぐり、痛ましい事件が起きるのも珍しくありません。
介護される側・する側どちらにとっても良い介護を続けるために、5つの心得を大切にしてくださいね。
愛する家族が認知症を発症することは、とてもショックなことです。家族が変わっていく姿を見ることは辛いですし、ストレスを感じてしまいます。
介護をするときに重要なのは、必要以上に頑張りすぎたりせずに、自分自身の健康や時間も大切にすることです。
認知症の家族を介護する中で、不満や悲しみは生まれてきます。その気持ちをずっと自分だけでしまっておくと、いつか爆発してしまいます。
負の感情は溜め込まないことが一番です。時々は友人に愚痴をいったり、家族につらいと本音をこぼしたり、カラオケで発散させたり。気持ちを切り替えながらやっていきましょう。
誰かと比べるというのは、どうしてもマイナスの感情を生み出しやすくなります。特に認知症は、人によって症状の重さや症状のあらわれ方は違います。ほかの認知症の人と比べてどうということは考えても仕方ありません。誰かと比較して、悲しい気分になるのはやめましょう。
介護をしているときは大変すぎて、自分一人に抱えてしまいがちです。しかし、介護を一人でするのは不可能です。周りの人や外部のサービスを上手に利用して、まわりに頼りながらやっていきましょう。
介護は大変なので、どうしても介護に手いっぱいでまわりを見たり、今の時間を楽しむ余裕はなくなります。しかし介護は永遠に続くわけではありません。長い目で介護についてとらえて、なるべく「今」を大切に過ごしましょう。
認知症の周辺症状は行動・心理症状(BPSD)とも呼ばれます。主にうつ状態や妄想が酷くなる精神症状と、怒りっぽくなる、徘徊するなどの行動症状が挙げられます。
抑うつや不安感などは比較的初期に症状が見られ、暴言・暴力や徘徊などは中期に見られる傾向にあります。また後期には、異食や無気力などが目立ち始めます。
周辺症状は、中核障害と身体要因・心理要因・環境要因が相互作用することで発生するので、症状には個人差があります。症状に関しては、本人がどれだけ動けるか、心理的にどのような状態か、どんな環境で暮らしているかで大きく変わってきます。
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