50歳前後の人を指して、「アラフィフ」という言葉がある。おそらくだが、最初に「アラサー」というのを女性雑誌あたりが最初に作って、続いて「アラフォー」となって、そこからさらに月日が経って「アラフィフ」の登場、ということになったのだろう。
で、60歳前後の人はどうなるかというと、還暦の前1字をとって「アラカン」と呼ぶのだそうだ。今年の秋で57歳になろうとしている私は、もはやこちらに属する人間になったのだなと思うと、複雑な思いがする。
そんなモヤモヤした気分で書店を訪ね、手に取ったのがこの一冊。著者の長澤光太郎氏をはじめとする三菱総合研究所のメンバーが、「さまざまなデータを読み込んで未来を予測する」という日ごろおこなっているスキルを駆使し、アラカンの人たちのこれからを読み解こうとする野心的な書である。
データで読み解く、ほんとうの「これから」では何か?その興味深いテーマをレビューしていこう。
それまで抱いていた常識や考え方について、誰かに「それは間違っている」と指摘されるのは、あまり愉快な体験ではないかもしれない。だが、こと読書に関して言えば、それは当てはまらない。自分がずっと間違った常識や考え方を持っていたことに気づかせてくれる本は、間違いなく良書である。
その意味で本書は、必読の良書と言えるのではないか。例えば、この本で否定される説は、次のようなものである。
どれも、アラカンを意識し始めた人にとっては、耳にタコができるほど聞かされている話だろうが、信頼のおけるデータと照らし合わせながら、これらの常識を一つひとつ粉砕していく。
初っ端から驚かされたのは、「平均寿命」というものの定義である。
2022年に厚生労働省が発表した日本人の平均寿命は、男性81.47歳、女性87.57歳。1987年代中ごろまで、平均寿命の長い国はスイスやスウェーデンなどの欧州諸国だったが、2000年代初頭までの十数年間、日本人が男女ともに平均寿命世界一の国になった。
男性81.47歳というのは1位のスイスに次いで2位であり、女性87.57歳は2位の韓国をしのいで世界一である。日本人の平均寿命は依然、世界から見て長いということになる。
と、ここまでは知識として何となく知っていた。だが、この数字に引っ張られて「日本人はたいてい平均寿命までは生きるのだな」と認識していたのは間違いだということが、本書を読んで初めてわかった。
というのも、平均寿命というのは、国全体で一つの値を求めたもので、国別の比較には使えるが、国という集団のなかで自分がどの位置にいるのかを知ろうとする場合、あまり役に立たないというのだ。
もし、自分の位置を知りたければ、中央値を見るべきなのだという。中央値は、集団のなかのまん中の順位を示す指標で、年齢別死亡者数の場合、100人の人が順々に亡くなっていくとして、50人目、あるいは51人目の人が亡くなる年齢を意味する。
2020年の国勢調査に基づく生命表によれば、日本人の寿命の中央値は、男性84歳、女性90歳になるという。
つまり、平均寿命と中央値の年齢を比べてみると、男性は2.5歳、女性は2.1歳だけ長く生きているということになる。
さらに年を追うごとに「日本人の長寿化」が進んでいることを考慮に入れると、1960年生まれの日本人は男性が86~89歳、女性は92~96歳となり、男女とも半数以上が90歳に到達する可能性が高いのだという。
この数字の開きを目にしてみると、「人はたいてい、平均寿命(男性81.47歳、女性87.57歳)くらい生きる」という認識が間違っていたことがよくわかるのである。
WHO(世界保健機関)が2000年以降に提唱している「健康寿命」についても、自分が間違った認識を持っていたことが判明した。
WHOの定義によると、「健康寿命」とは「『完全な健康状態』で生活することが期待できる平均年数」で、世界180余国のデータと比較した2021年版のランキングによると日本人の健康寿命は世界一で、男性72.6歳、女性75.5歳となっている。
ただ、この「健康寿命」という概念、先に述べた「平均寿命」と関連づけて、ネガティブに語られる材料になることが多い。
つまり、2022年の日本人の「平均寿命」は男性81.47歳、女性87.57歳だから、「健康寿命」の年齢を差し引くと、男性は8.9年、女性は11.4年も健康を失った期間が長いということになる。
だが、この「健康寿命を過ぎたら、寝たきりの生活がまっている」という説にも本書は疑義を投げかける。
そもそもWHOが定義する「完全な健康状態」は、非常に厳しい定義だというのである。
日本政府もこの定義をふまえて、「日常生活に制限のない期間」として健康寿命の計算をしているそうだが、それには日常生活の動作だけでなく、運動や外出、仕事、家事、学業などへの影響も含まれている。
年をとれば、肩やヒザが痛くなってゴルフに行く回数が減ったとか、細かい文字が見えにくくて新聞が読みづらくなった、なんてことは誰にもあることだが、それひとつで「日常生活に制限あり」と答えてしまった場合、それが健康寿命の計算に反映されていくのだ。
平均寿命と健康寿命との差が、10年からなかなか縮まらない理由はそこにあると、本書は指摘する。それと同時に、本書が薦めているのは、「自立寿命」なる新たな指標をもとに考えるという提案だ。
「自立寿命」とは、介護保険法で定める要支援、要介護の区分において、「他人の世話にならずに生活できる人」の基準を「要介護2」まで。もしくは要介護認定を受けていない人と定義し直して計算するわけだ。
イメージとしては、「歩行に不自由は感じているけれど、杖をつけば歩ける」というような状態だ。
こうして定義した「自立寿命」は、男性が80代前半、女性が80代後半まで延びるので、自立できなくなって(要介護3になって)から亡くなるまでの平均的な期間は、男性1.5年、女性3.3年となる。
つまり、普通の人が年をとって他人のお世話にならざるを得ないのは、亡くなる1~3年に過ぎないのだ。
「健康寿命を過ぎたら、寝たきりの生活がまっている」というのは、いささか悲観的に過ぎる見解だと思えてくる。
というわけで、本書を読んでみると、「人生100年時代」にまつわるネガティブな言説が、ことごとくポジティブなものに変わっていくのを体験できるのだ。
政府だか、メディアだか知らないが、誰かが恐怖をあおるために高齢化社会の負の側面を強調し過ぎている風潮が今の世の中にはあるような気がする。
そんなふうに感じている人は是非、本書を手にとってみてほしい。
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