【書評】『60歳から食事を変えなさい』─「高齢者の食べ方」に効く1冊

【書評】『60歳から食事を変えなさい』─「高齢者の食べ方」に効く1冊

更新日 2023/03/08

世界のクロサワこと映画監督の黒澤明は、「うまいもののわからないやつは想像力に欠ける」と言って、88歳で亡くなる直前まで好物の牛肉ステーキをモリモリ食べていたという。

「年をとると食が細る」というのは、56歳の私でさえ、日々実感している既存の事実だが、このまま細るにまかせてよいものかと不安を感じている人も多いだろう。

そんな不安を払拭してくれるのが、今回紹介する『60歳から食事を変えなさい』である。高齢者の食事について、これまで抱いていた常識が次々と覆される“目からウロコ本”だ。

60歳を過ぎてもずっと元気でいたければ、この本を読んで知識をアップデートすることを強くお薦めする。

ずっと元気でいたければ60歳から食事を変えなさい

  • 著者:森由香子
  • 発行:青春出版社
  • 定価:1000円(税別)
  • ボブ的オススメ度:★★★☆☆

高齢者になったら食にわがままになるべし

著者の森由香子氏は、管理栄養士として2005年より東京・千代田区のクリニックに勤務し、入院・外来患者に栄養指導などをしてきた人。ホームページのプロフィール写真を見ると若々しい印象だが、本書の前書きには「そろそろ60歳になり、定年を迎え」るのだそうで、自らアンチエイジングを実践している人だということがうかがえる。

「年をとったら食が細るのは自然なこと」という世の中の常識を根底から覆す主張は、本書のなかで随所に見られるが、印象的なのが次のフレーズだ。引用しよう。

多くの方が勘違いされているのですが、望ましい栄養摂取量は、高齢者も若者もほとんど同じです。年齢が上がるにつれて活動量が低下、代謝も低下するため、食べる回数や量が減るのは自然なことと思われがちですが、同時に栄養を消化吸収する機能が低下してくるため、若い頃とあまり変わらない栄養補給が必要なのです。

近年の研究では、中高年期に幅広い食品を摂取することは、認知機能の低下リスクを軽減することにつながるという。また、中高年期の肥満は認知症リスクを上げるが、高齢期の肥満は逆にリスクを下げるのだとか。

その根拠のひとつとして森氏が指摘するのは、肉や魚など良質なたんぱく質の元になるアルブミンだ。

これは、血漿たんぱく質のひとつで、アミノ酸、遊離脂肪酸、ホルモンなどと結合して体内の組織に運搬されるのだが、アルブミンが少ない人は、そうでない人に比べて短命の傾向があり、認知機能の低下を引き起こすリスクが2倍にもなるという。

というわけで、以下のような結論が得られるわけである。

後期高齢者になったら、食事の面で固定観念にとらわれる必要はありません。もっとわがままに、自分中心の食事で栄養不足を防ぎましょう。
たとえば、1回に食べられる量が少なくなってきたら、1日3食ではなく、5食にしてもよいですし、おやつを充実させるのもよいでしょう。とにかく、いろいろな食材を食べて、幅広く栄養をとっていただきたいと思います。

よく食べ、よく飲む。それが高齢者の食の新常識

いやはや、読むだけで胃がもたれてきそうな内容にも思われるが、キチンと理屈だてて述べられているので納得させられてしまうのだ。

年をとると食が細くなる原因についても、説得力のある説明がある。

森氏によると、人の味覚は老化によって衰えていくという。なかでも衰えが著しいのが甘味と塩味を感じる味覚だ。高齢者のなかには、物足りないからといって醤油や塩をかけたりする人が多いそうだが、舌にある味蕾の数が減っているのが原因だ。

味蕾の数は若い人ほど多いが、高齢になると赤ちゃんの半分から3分の1ほどに減ってしまうのだという。

さらには唾液の減少や舌苔(舌に付く細菌のかたまり)の増加、味細胞を作るのに必要な亜鉛の不足といった原因もかかわってくる。

高齢者のなかには高血圧症と診断されて降圧剤を飲んでいたり、心不全を防ぐ目的で利尿剤を服用していたりする人が多くいるが、これらの薬には副作用として味覚障害を起こすものがあるという。

森氏によれば、人間の体は、特に何もしていなくても、皮膚や呼気からの蒸発によって1日約1リットル、便で200~300ミリグラム、尿で1~1.5リットル、合計で2.2~2.8リットルが体外へ出ていく。従って、体内の代謝で作られる水が1日200~300ミリリットルであれば、食事で1リットル、飲み物で1~1.5リットルの水分を補給すべきだという。

合い言葉は「朝ごはんにたんぱく質!」

モリモリ食べ、ガブガブ飲むだけでは足りない。筋力をつけるというのも重要な要素だ。

骨格に沿ってついている筋肉を骨格筋といって、その収縮によって身体を支え、動かすという重要な機能を持っている。この筋肉は、20歳代をピークに少しずつ低下していって、80歳を過ぎると約30~40%の骨格筋量が失われ、いわゆる「サルコペニア」といった状態になるという。

サルコペニアによって足腰の筋肉が落ちてくると、出歩くのがおっくうになり、家にこもりがちになる。その結果として、気分がうつうつとして、食欲もなくなる。さらに栄養不足になって筋力が落ちるという負のスパイラルに入ってしまうのだ。

なかでもハッとしたのは、次の指摘だ。

筋力というと、つい足腰や腕力を思い浮かべがちですが、筋力の低下で盲点となるのが、あご周辺の筋肉量の低下です。
年を重ねると、足腰だけでなく、舌や首周辺の筋肉もやせるので、食べ物を咀嚼して嚥下する機能も低下して、うまく食事ができなくなったり、おっくうになったりすることがあるのです。

高齢者がよく起こすと言われる「誤嚥性肺炎」には、こういうところにも原因があるのかと気づかされた。単に食が細くなって低栄養からサルコペニアになる人もいれば、低栄養の前にあごの筋力の低下が始まってサルコペニアになる人もいるのだ。

そこで森氏が提唱しているのが、「朝ごはんにたんぱく質!」という合い言葉だ。

たんぱく質は、基本的に3食しっかりととっていただきたいのですが、中でも重要なのが朝ごはん。からだがもっともたんぱく質を必要としている朝にたんぱく質をとることで、筋肉の分解を抑えることができるからです。

筋肉は、つねに合成と分解を繰り返しているが、合成の際に必要なのが、食事でとったたんぱく質から分解・吸収されるアミノ酸だ。

アミノ酸は寝ている間も消費されているため、朝ごはんでしっかりとたんぱく質を摂取することで吸収効率も高くなるというわけだ。たんぱく質は、できるだけ毎食20グラムをとることが重要だという。

次々と覆される食の常識

そのほかにも、食にまつわるさまざまな常識が覆される。

例えば、寝つきがよくなるからと、就寝前にホットミルクや飲むヨーグルトを飲んだりする人も多いと思うが、それは「逆効果」なのだという。

乳製品には脂肪分が含まれていて、すぐには消化されないため、ベッドに入ってからも胃腸は消化活動をすることになる。脳が寝ようとしていても、胃腸が活動しているため、かえって睡眠の質を落とす結果になるのだ。

ぐっすり眠りたかったら、「就寝の3時間前は何も口にしない」が鉄則なのだ。

それから、年をとると肌のたるみが気になって、牛すじやフカヒレスープといったコラーゲン食品を食べたり、サプリメントを飲んだりする人がいるが、森氏に言わせると、これも間違い。というのも、口から摂取したコラーゲンは体内で一度、アミノ酸に分解されてしまうため、あまり意味がないという説が最近では有力なのだという。

実は、肌の老化はコラーゲンの減少や保湿力の低下だけが原因ではない。

ある研究報告によれば、各年代の男女の頭蓋骨をMRIで撮影してみたところ、年齢が上がるほど頭蓋骨が下に向かって崩れてしまっているとのこと。同時に眼窩(目が位置する穴のこと)も年齢とともに広がっていく傾向にあるそうです。

つまり、年齢による骨密度の低下が「肌の老化」の原因になっていることもあるのだ。骨の老化を防ぐためには、カルシウムはもちろん、葉酸、ビタミンK、ビタミンD、そしてたんぱく質をしっかり摂取することが重要だ(なかでも魚料理がおすすめめだとか)。

政府のデータによると、70歳以上の日本人の総人口の割合は、前年から0.4ポイント上昇23.0%なのだという。

これまで誰も経験したことのない高齢化社会になったということは、過去の常識や経験が通用しなくなったということを意味している。高齢化は2042年のピークまで続くそうだから、今のうちからアップデートしておくほうが良さそうだ。

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