認知症の症状のひとつに被害妄想が挙げられます。認知症の人を介護している中で、認知症の本人から「物を盗られた」「私は邪魔な存在だ」と言われてしまうこともあるでしょう。
認知症による被害妄想は相手を傷つけようと悪意を持って言っているのではなく、本人が現状に対する不満を伝えたり、助けを求めるメッセージのような手段的要素があります。
もし、本人から被害妄想による訴えを聞いた際には頭ごなしに否定せず、本人の話をよく聞いて、本人が発言した内容に隠れている不安な気持ちや孤独に寄り添うことが大切です。
この記事では、認知症による妄想の具体的な症状や対応方法について紹介します。ぜひ参考にしてください。
認知症の症状のひとつに「妄想」があります。妄想の多くの症状は、事実ではないにもかかわらず自分が被害を受けたと思い込んでしまう「被害妄想」であるとされています。
被害妄想をしてしまう原因は、認知症を発症してたことによる認知機能の低下に加え、認知症を患っているという現実に対する、やるせなさや認知症の症状に対する苦しみ、周囲への不満などさまざまな感情が複雑にからみ合い、影響し合うことであらわれるとされています。
しかし、そういった被害妄想は相手を傷つけようと悪意を持って言っているのではなく、本人が現状に対する不満を伝えたり、助けを求めるメッセージのような手段的要素があります。
無意識に自分を被害者という守られやすい立場におき、相手に伝えたいことを必死に訴えかけているのです。
認知症の人が発症する妄想の種類は主に以下です。
それぞれ詳しく見てみましょう。
認知症の人が発症する妄想の代表的なものが「被害妄想」です。
具体的な被害妄想の例は主に以下です。
被害妄想とは、認知機能の低下により、うまく状況を認識できないために起きる妄想です。本人が周囲の人間から「直接的な攻撃を受けている」と訴えることもあります。
認知症の人が発症する妄想の中でも「物盗られ妄想」は多くの人が引き起こす症状です。
具体的な物盗られ妄想の例は主に以下です。
物盗られ妄想は財産に関連するものを盗まれたと思い込むことが多いです。また、家族や介護スタッフなど、介護をする時間が長い比較的身近な人に対してあらわれる場合が多いのも特徴です。
この物盗られ妄想が引き起こされる要因として記憶能力の低下はもちろんですが、自分の機能低下を認めたくないという不安や焦りの感情も大きいとされています。
「財布をどこかに置いたけれど思い出すことができない、でも自分が認知症であることは認めたくない」という思いにより、本人は誰かが盗ったと結論づけてしまいます。
このように、現実と思考が乖離してしまうことで記憶違いが生まれ、物盗られ妄想へとつながっていくのです。
認知症の人が発症する妄想に「見捨てられ妄想」もあります。
具体的な見捨てられ妄想の例は主に以下です。
認知症になると、いままでできていた料理や掃除といった家事が次第にできなくなり、症状が進行していくにつれ、日常生活を家族や介護スタッフなどに支えられて送ることになります。
「今までできていたことができなくなった」という自信の喪失が日を追うごとに負い目を感じるようになり、それが次第に自分は邪魔な存在だ、誰からも必要とされていないといった見捨てられ妄想へと転じていきます。
見捨てられ妄想がひどくなり、家族のことを信用できなくなってしまうと部屋に閉じこもってしまう場合もでてきます。
そうなってしまうと運動する機会が減り身体能力が低下することに加え、人とのコミュニケーションをとる機会も減ってしまうため認知症の症状も悪化してしまう恐れがあります。
認知症の人が発症する妄想に「対人妄想」もあります。
具体的な対人妄想の例は主に以下です。
対人妄想は、妄想の内容が細かくリアルであることが多いです。例えば、「知らない男が家に入り込み、冷蔵庫の中のおかずを食べた。その後、男は証拠隠滅をするために使用した皿を洗っていた」など、認知症の症状であることを知らない第三者が聞けば事実だと思ってしまいそうな内容の場合もあります。
対人妄想は本人が家庭内での役割を失い頼られなくなる悲しみや、自分の価値が失われる寂しさが原因で起こる可能性があります。
対人妄想を周囲の人に何度も訴えると、次第に本人の信用がなくなり孤立してしまうこともあるので注意が必要です。
認知症の人が発症する妄想に「嫉妬妄想」もあります。
具体的な嫉妬妄想の例は主に以下です。
嫉妬妄想とは、配偶者に対して浮気をしているのではないかと誤解してしまう妄想です。
配偶者の帰りが少し遅くなったり、自分と接する時間が昔と比べて短くなったりした時に「外で誰かと会っていたのではないか」などと思い込み、激しく嫉妬してしまいます。
嫉妬妄想が起こる原因も見捨てられ妄想と同じように、認知症を患ったことで自分は迷惑がかかる邪魔な存在だと思い込んでしまうことにあります。
認知症になったことで配偶者に嫌われてしまうのではないか、離れて暮らさなくてはいけないのではないかといった不安が必要とされていないという考えに至り、浮気をされているかもしれないという思い込みへとエスカレートしていくのです。
認知症の人が発症する妄想に「迫害妄想」もあります。
具体的な迫害妄想の例は主に以下です。
迫害妄想とは「誰かに狙われている」など、誰かが自分に危害を加えようと企てている・攻撃されていると訴える妄想です。
自分に危害を加える相手は「見知らぬ誰か」の場合もあれば「家族」「介護スタッフ」など身近な人の場合もあり、周囲の人から虐待を疑われてしまう可能性があるので注意が必要です。本人に迫害妄想の症状があらわれたと感じたら、すぐにケアマネジャーなどと状況を共有しましょう。
認知症の人が発症する妄想に「帰宅願望」もあります。
帰宅願望は「家に帰りたい」と訴える症状です。本人が自宅にいても病院や施設にいても、そこではないどこかへ「帰りたい」と訴えます。本人が「家に帰りたい」と考えて、実際に外に出てしまうこともあります。
帰宅願望は認知症の代表的な症状である見当識障害により、自分の場所が正確に理解できないことが原因で起こるとされています。
認知症による被害妄想があらわれた場合、症状が出た本人との基本的なおすすめの対応方法は主に以下です。
それぞれ詳しく見てみましょう。
認知症を患っている本人に被害妄想が見られたときには、本人の話を頭ごなしに否定せず落ち着いて話の内容を聞きましょう。
認知症を患っている本人に物盗られ妄想や見捨てられ妄想があらわれ、泥棒呼ばわりされたり浮気を疑うような発言をされ、嫌な思いをすることもあるかもしれません。しかし、認知症の本人に嫌なことを言われても頭ごなしに否定をしていると状況を改善することはできません。
認知症ではない人にとっては理不尽な発言かもしれませんが、認知症を患っている本人にとっては真実を訴えています。本人は訴えた真実を否定をされると怒りや悲しさ、疎外感といった感情が増幅し、被害妄想が悪化してしまう可能性もあります。
まずは言われたことに対して肯定も否定もせず、きちんと話に耳を傾けるましょう。
認知症による被害妄想が現れてしまった人と接するには、本人が発言した内容に隠れている不安な気持ちや孤独をきちんと聞くことが大切。そして抱えているつらさを受け止め、本人が感情を落ち着けるようにしましょう。
認知症を患っている本人に被害妄想が見られたときには、本人の話に共感するのも大切です。本人の話を否定をせず相手の言葉を受け入れるのと同時に、話を聞く際に「大変ですね」「お気持ちわかります」などと相槌をうち共感をすると、なお効果的です。
認知症が原因で起こる被害妄想はその訴えている内容自体に意味があるというよりも、不安に思っていることを理解してほしい、やるせなさを理解してほしいというような大切なメッセージが隠されていることが多いです。
そして、不安な感情は話に共感し寄り添ってくれることで認知症を患っている本人も口に出しやすくなります。そのため、日々の会話の中で不安な感情に気付くきっかけを作るためにも共感することを心がけながら話をすると良いでしょう。
認知症による被害妄想が本人の自尊心が傷ついているのが原因であれば、本人のプライドを取り戻せる工夫をすることも、おすすめの対応方法のひとつです。
本人が手芸が好きな場合は本人から手芸のやり方を教わったり、本人料理が得意な場合はとっておきの得意料理レシピを教えてもらったりするなど、コミュニケーションにを工夫してみましょう。何かを教えるという行動を通じて本人の自信を取り戻していくことは自尊心の向上につながります。
被害妄想の矛先が介護をしている人自身に向いている場合、否定もせず一人で対応し続けるのには大変な心労を負い、精神的に参ってしまうことも。少しでもつらいと感じたら、ひとりで対応せずに、できるだけ早くケアマネージャーや医師に相談するしましょう。
「自分のことよりも認知症の人をどうにかしたい」「相談しても理解してもらえないかもしれない」といった焦りや不安から相談することをためらう人もいるでしょう。しかし、まずは介護者自身が心身ともに健康である状態を守り保ち続けることが重要です。
また、どうしても相談することに前向きになれない場合には、被害妄想に悩む人たちのための家族会や定期的に勉強会を開催している団体に頼るという手もあります。
同じ悩みを抱える人たちで話し合うことから始めてみると、そういった場所があるだけでも気持ちが落ち着くはずです。
認知症を患っている本人に被害妄想が見られ、被害妄想の矛先が介護者自身に向いているのであれば、周囲の人の協力を得て本人と距離をとりましょう。思い切って距離をとることは自分の健康を維持するためには大切です。
別の人に介護を頼めるのであれば代わってもらったり、病院への短期入院を検討してみても良いでしょう。その間は介護から離れ自分の趣味ややりたかったことにトライするなど、自分を労る時間として使い、心にエネルギーをため込み心身の休養を取るのがおすすめです。
すぐには距離をとることが難しい場合でもひとりで抱え込むようなことはせず、医者やケアマネージャーなどの第三者に相談をし適切な距離の取り方を検討しましょう。
認知症による被害妄想の種類別でおすすめの対応方法を紹介します。
それぞれ詳しく見てみましょう。
本人に物盗られ妄想物が現れた際に、本人から「物を盗んだでしょう」と言われても否定も肯定もせず、「大切なものがなくなってしまい困っている」「早く見つけなければと焦っている」といった感情に寄り添い共感して訴えを聞きましょう。
訴えを聞いた後は、なくなったと言っている物を一緒にに探すのがおすすめ。自分が最初に発見した場合にはわかりやすい位置に置きなおしたりして、本人に発見してもらうようにしてください。なぜなら、本人が盗られたと言い張っていた物を他人に発見されてしまうと、本人としてもばつが悪く「盗った物を元に戻したんだろう」と新たな被害妄想に発展してしまうこともあるためです。
また、自分で発見できたという安心感はもの忘れに対する不安も拭ってくれます。
本人に見捨てられ妄想が現れた際には、本人とのコミュニケーションの機会を増やしたり、本人が憂鬱になる場面を減らしたりしましょう。例えば、一緒に散歩をする、本人が無理なく参加できる家事をお願いする、などがおすすめです。
見捨てられ妄想は本人の自信の喪失が原因であることが多いため、本人が自信を取り戻せるような行動を取ってもらうことが大切です。本人が得意なことや簡単な作業、家事などを頼み、それができた際には感謝を伝えることで本人は達成感を得られます。
対人妄想は、大切な人とのつながりが薄れてく恐怖や本人自身の居場所が失われるのではないかという不安が引き金となり発症しやすいのが特徴です。本人が失われたと思っている人との関係や居場所について、実際はその人との関係や居場所が失われていないことを再認識させて、不安を取り除き安心感を与えることが大切です。
また、本人の「自分は邪魔な存在だ」という不安や疎外感をなくすため、「自分は役に立つ存在だ」と認識できるような体験をしてもらうのがおすすめです。
例えば、本人が以前得意だった趣味を少しずつ始めてみたり、周囲の人とコミュニケーションが取れる場を作ってあげたりするなど。本人が新たな役割や価値を見出せる環境を作りましょう。
本人に嫉妬妄想が現れた際には妄想の内容に応じて対応するのがおすすめ。本人の妄想の内容から、誰のどのような行動に対して不安を抱えているのかを考えることが大切です。
例えば、本人が「配偶者が浮気している」と感じている場合は「配偶者は浮気などしていない。家族はみんな元気で仲良くいる」と伝えましょう。また、本人と配偶者が関わる時間を増やし、一緒に出かけるなどして、本人が配偶者に大切にされていることを実感してもらいましょう。
嫉妬妄想は特定の相手に対する寂しさや焦燥感から現れることが多いです。日頃から本人と丁寧に接することで安心感が生まれ、寂しさや焦燥感を和らげることができます。
被害妄想・迫害妄想の中でも、暴言や暴力などの被害を訴える妄想への対応は特に注意が必要です。なぜなら、認知症による被害妄想・迫害妄想をしてしまうことを知らない周囲の人が、本人の被害妄想の内容を聞き「本人の家族などが虐待をしているかも…」と勘違いをしてトラブルを招くことがあるためです。
周囲の人から良からぬ誤解を生ませないためには、ケアマネージャーなどの第三者などを介して一人で抱え込まないようにするのがおすすめです。特に、自分自身が暴言や暴力などの被害妄想の加害者として対象にされている場合は、精神的な安定をはかるためにも心理的、物理的な距離をとるようにしましょう。
また、本人が訴える暴言や暴力などが妄想ではなく事実である場合もあります。
被害妄想・迫害妄想があらわれた場合には、はじめから被害妄想だと決めつけずに、きちんと状況を確認し慎重に対応するようにしましょう。
本人に帰宅願望が現れた際には、まず本人がなぜ帰ろうとしているのかを聞きましょう。本人の訴えを聞いている際は「家はここだよ」「今日は帰れないよ」などと否定せず、本人の話に同調するのが大切です。
本人の話を聞いた後は「今日はもう遅いので泊まっていきましょう」などと答えることで、落ち着く場合があります。
もし、本人に認知症による幻覚が現れた場合には、物盗られ妄想の時と同様に否定もせず肯定もしないということを意識して接しましょう。
幻覚には以下の症状があります。
幻覚は周りの人には見えませんが、本人はとっては現実に見えています。そのため、本人は家族や周りの人に「そんなことはない」と否定されると混乱したり、拒絶されたと感じてしまいます。本人に幻覚などの症状が現れた際には、「追い払いましたよ」などの声をかけて安心させることが大切です。
また、本人の幻覚の話を下手に肯定をしてしまうと肯定されたことでさらなる妄想を引き起こす可能性もあるため注意が必要です。
それでも幻覚症状がひどく、家族への負担が大きくなる場合には早めに医師に相談するようにしてましょう。
認知症による被害妄想について、「どうやって対応をしたらいいのか」「病院に行くべきなのか」などと困った場合は専門家に相談しましょう。
主な相談窓口は以下です。
また、厚生労働省のホームページでは認知症の相談窓口を紹介しているので、どこに連絡すれば良いのかわからない場合には検索してみましょう。
認知症による被害妄想を完全に消失させることは困難かつ、かなりの時間を必要とします。その間にも認知症は進行し、できなくなることも増える中で苦しさも増していくことがあります。
そんな中で大切になるのは、被害妄想をなくすことよりも認知症を患っている本人、そして家族が安心して心身ともに健康に過ごせることです。
本人や家族が互い健やかに過ごしていくためにもひとりで抱え込んだりせず、介護や医療サービスの力を借りましょう。
認知症を患っているという現実に対するやるせなさや症状に対する苦しみ、周囲への不満などから症状が起きるとされています。
しかし認知症による被害妄想は、相手を傷つけようと悪意を持って言っているのではなく、相手にメッセージを必死に訴えかけているケースが多いです。
「否定しないで聞く」「話に共感する」「周囲に相談する」「距離をとる」「自尊心を取り戻してもらう」などが挙げられます。
特に否定をしないで聞くということは重要で、認知症ではない人には理不尽な発言に思えるものも、認知症を患っている人にとっては真実を訴えているだけです。
そこで否定をされると怒りや悲しさ、疎外感といった感情が増幅し、場合によっては暴言・暴力につながる可能性も出てきます。
否定も肯定もせず、共感して聞きましょう。なくなったと言っている物を一緒に探し、わかりやすい位置に起くことで本人に発見してもらうようにしてください。
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